2018年11月10日

内田光子が語る-ベルリン・フィル3大タイトル記者会見レポート

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11/5、東京のサントリーホール・ブルーローズ(小ホール)で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の自主レーベルである「ベルリン・フィル・レコーディングス」が、新譜発表記者会見を開催した。今回は以下に紹介する3タイトルについて、ピアニストの内田光子をはじめとする登壇者が、各タイトルの制作における経緯や内容について語る注目の会見となった。

  • ①ラトル(指揮)「マーラー:交響曲第6番」
  • ②内田光子(ピアノ)ラトル(指揮)「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集」
  • ③「フルトヴェングラー 帝国放送局アーカイブ1939-44」(22枚組)
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左より:ローベルト・ツィンマーマン、オラフ・マニンガー

会見は「今年は特別な年だった」と語るローベルト・ツィンマーマン(「ベルリン・フィル・メディア」取締役)によるプレゼンテーションから始められた。16年間に渡り首席指揮者を務めたサイモン・ラトルの退任という一つの節目を迎えたベルリン・フィル。①はそのラトルが首席指揮者として最後に指揮台に立った6/19・20のライブが収められている。マーラーの交響曲第6番が演奏されたこの日の演奏会について、オラフ・マニンガー(ソロ・チェリスト/メディア代表)は「片方の目から涙を流し、もう一つの目では笑いながらという、相反する2つの気持ちに満ちた演奏だった」「一つの時代が終わりを告げたといっても過言ではない出来事」と振り返った。

ラトルがベルリン・フィルと初共演したのは1987年11月。この時にも演目としてマーラーの交響曲第6番が選ばれている。万華鏡のようにさまざまな色彩と側面をもつ大曲を若い指揮者が初共演の演目に選んだことについて、マニンガーは「決して当たり前ではない、当時として驚嘆する出来事」と血気盛んな当時のラトルの挑戦と先見性を称えた。

今回のセットには、初共演した時の交響曲第6番も収録されるので、31年間に渡る関係の中で指揮者とオケがどのように変化したのかを比べることができる。また、67分にもおよぶドキュメンタリー映像や、まるで写真集のようなブックレットと合わせて楽しめば、ラトル時代を包括的に回顧することが出来るだろう。

内田光子

左より:新忠篤、内田光子

会見はここまで格調と緊張感をもって進行していたが、内田光子の登場により会場の温度が上がった。②は内田がベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスを務めていた2010年2月に3週間にわたって行われたベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会の記録である。新譜とはいえ8年前の演奏のリリースとあって内田は「最初はやだって言ったの」と早口で説明を始めた。しかし、プロデューサーに熱心に説得され音源を聴いてみたところ「本当の生演奏にしかないバイタリティが(感じられた)」「みんながワァァッ!と弾いたものを出していただいても構わないんじゃないかな」と、さまざまな注釈を加えながら臨場感たっぷりにリリースに至るまでの経緯を紹介した。

この日は、新忠篤(フィリップス・クラシックス元副社長)が内田の対談相手となり、過去の録音について懐かしむ場面があった。その中で内田は、自らの演奏やそれを録音した媒体について「あくまで一つの出来事・記念物」として捉えており、「私のすべての演奏には絶対性はない。私にとって絶対性のあるものは楽譜に書かれているものだけ」だと繰り返し強調した。そして、演奏や録音は「人と(音楽を)分かち合うためにある。それが我々(演奏家)の存在意義だ」と語った。このように、音楽と厳しく対峙してきた内田がOKを出した今回のベートーヴェン。内田はラトル時代に彼と最も多く共演したピアニストであり、両者の長きにわたる信頼関係から生み出される成熟とノリがこの録音からは伝わってくることだろう。軽妙なおしゃべりの中に時に熱く音楽家の哲学を織り込んだ聴きごたえ十分なトークショーとなった。

最後のセクションでは、「ベルリン・フィル・レコーディングス」が新たにスタートさせる「アーカイブ・シリーズ」から、第1弾としてリリースさせる③についての紹介がなされた。このシリーズでは、ベルリン・フィル自身が過去のベルリン・フィルの演奏を見つめ直し、その軌跡を振り返っていく。タイトルについては芸術的にも歴史的にも価値がある音源を選別・修復し、ベルリン・フィルに残る当時の歴史的資料と組み合わせてリリースする予定だという。

今回のフルトヴェングラーのセットは、戦時中(1939~1945)にドイツ帝国放送局(RRG)が収録した音源のテープを、ベルリン・フィルが28bit/96kHzでサンプリングしたもので、ピッチは当時のベルリン・フィルの記録に基づきA=438Hzで復刻されている。初出音源(ラヴェル:ダフニスとクロエ第1組曲より抜粋、シューベルト:交響曲「未完成」第2楽章」)が収録されている点も注目される。テープは戦利品としてソ連軍に没収され、のちにドイツに返還された歴史を持つ。そうした、テープ遍歴の資料的な価値も含めて、20世紀の歴史を辿ることができる包括的な内容となっている。

最後に会場で流れたフルトヴェングラーによるR.シュトラウスの家庭交響曲は、「当時の演奏会の雰囲気、当時の解釈をそのままに伝える最良の技術的な形でお届けする」というマニンガーの言葉を裏付けする説得力にあふれた鮮明な優美さを湛えていた。

文・写真/林武彦

 

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