2020年10月09日
須川展也(サクソフォン)~ ひびクラinterview

日本のクラシック・サクソフォン界のパイオニア的な存在である須川展也さんにインタビュー。長年「いつかは…」と胸に抱いていた、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータに満を持して挑んだ最新アルバム『バッハ・シークェンス』のことを中心にお話をうかがいました。
ー 10/21(水)に発売されるアルバム『バッハ・シークェンス』では、須川さんがかねてより「いつかは演奏、録音したい」と考えていらっしゃったバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第1~3番に取り組まれています。まずは、録音に至るまでの経緯やきっかけなどをお聞かせください。
7、8年ほど前に、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタを演奏会で演奏しませんか? と企画のご提案をいただいたのがきっかけです。ですが、無伴奏ソナタにはフーガが入っていて、一本の管楽器での演奏はとても無理なので諦めかけていたんです。ただ、よく考えてみたところ、無伴奏パルティータならば可能性があるんじゃないか、ということに気づいて取り組みを開始しました。
パルティータの1番と3番の調(キー)を変えればなんとかいけるかも、と気づいて実験開始。2番は子どもの頃からの憧れの「シャコンヌ」が入っていて、調性的にも音域的にも可能性があるので、原調で進めることにしました。取り組みをスタートしてからは、音を同時に鳴らす重音の処理に悩み続けました。録音を決意する頃にやっと道筋が見えてきて、最終的に録音するに至りました。練習と実験の素敵な日々でした。無伴奏の提案をいただけたからこそですね。感謝です!
ー サクソフォンでバッハの作品を演奏する際、演奏家にとっての魅力・醍醐味というのはどのようなものになるのでしょうか?
今の音楽にも脈々と繋がる、幅広い音楽の源といえるバッハの音楽の偉大な凄さ、ジャズやポップスにも伝わっているバッハ発の音楽。これらのことを皆さんにお伝えできる役割ができたらと思っています。
バッハの音楽にたくさん入っている「ゼクエンツ」(英語では「シークェンス」)という音楽の進行(あるフレーズを音高を変えながら反復する循環進行のこと)は、ジャズのアドリブにも今も濃厚に息づいてます。バッハはゼクエンツの神様でもあります。ゼクエンツ → ジャズのアドリブ → サックス → バッハが源… という流れが今、自分の中に生まれています。
ー 弦楽器の曲を管楽器で演奏する時に、「ブレスをどうするか」ということが課題のひとつになるかと思います。今回、この課題に対して須川さんが工夫されたことというのは?
和音を吹き終わった後にブレスをする、ということを基本としています。音楽の流れの到達点を見出しておき、その場所の後にブレスをしたら、もしかしたら聴き手の皆さんに違和感を感じさせることはないか、との想いからです。聴いていただく皆さんに、一緒に呼吸しながら音楽を共有してもらえたらとってもうれしいです。
最新アルバム

発売日 : | 2020/10/21 |
レーベル : | Yamaha Music |
フォーマット : | CD |
ー バッハの原曲を、ご自身で編曲、そして演奏するにあたり、腐心されたのはどのような点でしょうか?
第1番は、原調だとあまりに技術的に難しく、音楽の持つ素晴らしさを充分に伝えられないので移調を考えました。大切な当時のスタイルを活かしながらも、今のジャズのアドリブにも繋がる、ドゥーブルの素晴らしさもなんとか伝えたくて決断しました。
第2番は、スタイルの素晴らしさを伝える難題にチャレンジしながらも、とりわけ大名曲であり人生を語るかのような「シャコンヌ」の表現にサックスならではの人間味をどのくらい加味していいのか? そんな凄い領域に入っていいのか? と大変悩みました。最終的には、偉大なバッハの音楽はもしかしたら、それをも寛大に受け入れてくれるのでは… と思えるようになりました。
第3番は、とにかく躍動感をどう伝えるか? が要。1番と2番はアルトサックスで演奏しましたが、3番を原調から半音高く移調してソプラノサックスを使えばできるかもしれないと気づいたら、心が踊りました! 重音も、丁寧に音を選んで、ときには削ることも吟味して、作品としての躍動感を表すために、時間をたくさんかけて表現に挑みました。
全体としてずっと悩んでいたのは、「なぜヴァイオリンの大名曲をサックスで吹くのか?」ということでした。自分でとことん納得できなければ、触れてはならない世界。バッハが作品のなかに豊かに込めた「ゼクエンツ」の神業が、今もジャズのサックスに脈々と流れているのではと気付いたり、さらには、パイプで教会を豊かに響かすパイプオルガン奏者でもあり、人間の心臓に近いところで音楽を表現していくヴァイオリン奏者でもあったバッハが、もしかしたらその両方の楽器の特徴を兼ね備えるような楽器(サックス?!)の出現を予感していたのでは? との勝手な推論を立てたりして… 時間がかかりましたが、ようやく納得できるようになり、思い切って挑戦しました。
ー 「バッハがサックスのような楽器の出現を予想していた」という推論は大変興味深いものだと思います。ちなみに、もしバッハが、さらなるテクノロジーの進化発展を遂げた2020年の今に存在しているとしたら、どのような音楽を生み出していると想像しますか?
バッハがもし現代にいたら! 全世界の人々がお互いを大切にし合い、自然の素晴らしさを伝えて、平和に向かう、美しくも楽しくワクワクする、そんな曲を作曲して、さらに演奏して、きっと皆を熱狂させていると思います。
レコーディング時に使用した譜面
ー アルバムのライナーノーツでは、「ピリオド楽器へのあこがれ、意識」というお話も出ていましたね。
「ピリオド楽器」は、その時代に使われていた楽器、と私自身理解しております。例えば古楽器の中には、木製のコルネットやバロックオーボエだったり、とてもデリケートでシンプルな仕組みの楽器がありますよね。演奏コントロールがとても難しいのですが、だからこそ伝わる難しさの中の優美さや、不安定だからこその人間味溢れる音とかがあり、設計の進んだ今のモダン楽器では逆に出せない音があって、すごく憧れを感じています。
ー 「最後は『何のために楽器を演奏するのか』の根源まで立ち返る、壮絶な録音の現場だった」とも。
レコーディングには毎回、苦しみや喜びがあります。毎回、自分の現実に直面し、しっかり向かい合い、どうそこから這い上がるか、の模索です。今回はバッハが偉大であるが故の壁の高さ、との対峙でもありました… これまで様々なレコーディングを経験し、色々な出会いがあって幸せです。
ー 今回のレコーディングを通して、須川さんがこれまで抱いていた「バッハ像」に変化などはありましたか?
偉大だと思いすぎて吹けなくなりそうになった時期もありましたが、バッハの寛大さにも気づき、演奏できる喜びも新たに発見できました。これからは、バッハを身近に感じたいと思う方々への道案内役もできるかな!と思っています。
そして何より、音楽は偉大で、そして身近にある、私たちにとってかけがえのないもの。それを再確認することができて幸せです。
ー ちなみにレコーディングは、今年の6月に埼玉県の川口総合文化センター・リリア 音楽ホールで行なわれたそうですが、コロナ禍で普段とは違う点も多かったかと思います。
春以降、やはりホールで演奏できる機会がなくなってしまいましたので、ホールの響きに委ねて演奏する感覚を取り戻すのが大変でした。例えば、間の取り方とか…。それでも、スタッフの皆さんの熱い想いや応援を受けながら、演奏できる幸せを感じ、録音を心から楽しみました。
レコーディングが行なわれた川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
ー バッハへの取り組みという ”大仕事” を終えたばかりですが、今後、挑んでみたい作曲家はいらっしゃいますか?
今まで委嘱してきた曲やアレンジしていただいた曲をさらに多くの方々にサックスのクラシックの曲として、さらに認識していただけるように掘り起こして、たくさん演奏していきたいです。
ー 同じくバッハの作品を採り上げていた上野耕平さんのような若い世代のサクソフォン奏者については、どのようにご覧になっていますか?
若い世代の皆さん、本当に素晴らしいです!!!! 若い皆さんが次々に音楽の歴史を作り、たくさんの方々に愛されるサックスの今後がとても楽しみです。どうか皆さん応援よろしくお願いいたします!
ー ここで少しだけ質問の内容を変えさせていただきます。ライナーには、アメリカのテナーサックス奏者サム・テイラーの名前も出てきましたが、須川さんの演奏スタイル、音楽家としてのアイデンティティなどのルーツになっているものは何でしょうか?
ビゼーの「アルルの女」の中にでてくるサックスの音で出会った「天から降るような透明な美しい音」、これが僕のすべての原点です。
ビゼー「アルルの女」

発売日 : | 2018/3/7 |
レーベル : | ユニバーサル ミュージック |
フォーマット : | Hi Quality CD |
ー クラシック、ジャズ、現代音楽、ワールドミュージック、ポップスなど、ジャンルを問わず、最近気になる(またはよく聴く)演奏家や曲を教えてください。
ラジオなどで初めて聴く知らないジャンルの音楽にもときめきます。具体的には内緒ですね(笑)。
ー 須川さんは、以前から「SAXTIPS」「須川家おうちライブ」などYouTubeで数多くの動画を配信されていらっしゃいます。今般のコロナ禍を受ける形で、動画配信やライブストリーミングなど、表現の場や形も変わり、またプラットフォームも多様化してきましたが、今後はどのような形で音楽を届けることが “理想的” だとお考えでしょうか? 須川さんご自身は今後もYouTube 配信は続けていきますか?
今は、できることから少しずつ、という気持ちから、自宅で収録した演奏を1曲ずつ「須川家おうちライブ」というYouTubeチャンネルで発表しています。ステイホームな自粛期間からはじめました。私の演奏を楽しみにして下さる方がいる限り、今後も無理せず続けていきたいです。
とはいえ、やはり、生演奏を聴いていただけること、お客様と一緒に音楽と時間を共有できることが私にはとてもとても大切なこと。ライブとオンラインの両方の魅力を探っていきたいですね。
須川展也 YouTube チャンネル
レッスン動画「須川展也のSAXTIPS!」
https://www.youtube.com/playlist?list=PLCpy9nJbZM-el2jQRZR7Sh91qrTt-1Ny-
須川家おうちライブ
ー では最後に、11/26(木)に紀尾井ホールで開催される「須川展也 plays J.S.BACH サクソフォン・ソロ・リサイタル」の聴きどころなどを改めてご紹介いただけますでしょうか。音の響き方、生演奏ならではの迫力など、スタジオ録音とはまた異なる楽しみ方があり、またコンサートの再開を待ち望んでいた方も多くいらっしゃるかと思います。
バッハの凄さ、偉大さは、とっても身近なものですよ! ということをサクソフォンで演奏することから伝えたいです。そして、バッハの懐の深さを皆さんと共有したいです。
さらに、管楽器で無伴奏で演奏するチャレンジを楽しみ、皆さんと一緒に呼吸しながらコンサートで高揚感を体感したいです。自分自身も、このコンサート、楽しみな気持ちで一杯です。
【取材協力:コンサートイマジン】
須川展也(すがわ のぶや)
Nobuya Sugawa, Saxophone
日本が世界に誇るクラシカル・サクソフォン奏者。長きにわたり、坂本龍一、チック・コリア、ファジル・サイ、吉松隆など、名だたる作曲家への委嘱を継続。それらの中には既にレパートリーとして国際的に広まっている楽曲が多く含まれており、クラシカル・サクソフォンの領域への貢献は計り知れない。作曲家からの献呈作品も枚挙にいとまがない。N響、都響など国内オーケストラのみならず、BBCフィル、フィルハーモニア管など世界各国の著名オーケストラや、デュトワ、A.ギルバートなどの名指揮者たちと共演。ウィーンのムジークフェラインをはじめ、世界各地の檜舞台でリサイタルを行なっている。また、これまで30ヶ国以上に招かれ公演やマスタークラスを行っており、管楽器の魅力を若い世代に伝える活動を精力的に継続している。
東京藝術大学卒業。第51回日本音楽コンクール、第1回日本管打楽器コンクール最高位受賞。出光音楽賞、村松賞を受賞。98年JTのTVCM出演、02年NHK連続テレビ小説「さくら」ではテーマ曲を演奏。
これまでに約30枚のCDをリリース。最新CDは自身初の無伴奏作品となる「バッハ・シークェンス」(2020年10月発売予定)。2014年には自叙伝「サクソフォーンは歌う!」を刊行。
89-10年まで東京佼成ウインドオーケストラ・コンサートマスター、07-20年までヤマハ吹奏楽団常任指揮者を務める。トルヴェール・クヮルテットのメンバー、東京藝大招聘教授、京都市立芸大客員教授。
使用楽器:
ソプラノ・サクソフォン YSS-875EXG
アルト・サクソフォン YAS-875EXG
(いずれもヤマハ株式会社)
オフィシャルサイト
https://www.facebook.com/NobuyaSugawa.saxophone
https://twitter.com/nobuya_sax
コンサート情報
◇ 須川展也 サクソフォン・リサイタル ~バッハ・シークェンス~
日時:2020年11月4日(木) 19:00開演 (18:15開場)
会場:佐賀市文化会館大ホール
出演:須川展也(サクソフォン)、小柳美奈子(ピアノ)
曲目:[第1部] J.S.バッハ/須川展也編サックス版:無伴奏ヴァイオリン・パルティータより 第3番 “ガヴォット” “プレリュード” 第1番 “アルマンド” “クーラントのドゥーブレ” 第2番 “シャコンヌ” [第2部] カッチーニ/朝川朋之編:アヴェ・マリア、本多俊之:枯葉シークエンス、ピアソラ/啼鵬編:アディオスノニーノ、ピアソラ/小松亮太編:天使のミロンガ、吉松隆:ファジイバード・ソナタ 他
作品情報

発売日 : | 2016/05/20 |
レーベル : | Octavia Cryston |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2015/09/30 |
レーベル : | コンサート イマジン |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2014/11/26 |
レーベル : | Avex Classics |
フォーマット : | Blu-spec CD 2 |

発売日 : | 2009/05/27 |
レーベル : | Avex Classics |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2009/04/22 |
レーベル : | ユニバーサル ミュージック (e) |
フォーマット : | Hi Quality CD |

発売日 : | 2002/05/16 |
レーベル : | ユニバーサル ミュージック (e) |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2016/05/20 |
レーベル : | Octavia Cryston |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2019/09/25 |
レーベル : | Yamaha Music |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2017/09/02 |
レーベル : | Yamaha Music |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2015/10/04 |
レーベル : | Yamaha Music |
フォーマット : | CD |
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