2019年12月20日
上野耕平(サクソフォン)~ひびクラinterview

2014年に1stアルバム『アドルフに告ぐ』でCDデビューして5年。第6回アドルフ・サックス国際コンクールにおいて第2位受賞、第28回出光音楽賞受賞など、目覚ましい活躍を続ける若手サクソフォン奏者・上野耕平さんにインタビュー。12/21に発売される『アドルフに告ぐII』の裏話から、”今を生きる”音楽家としてのメッセージまでたっぷりとお話を伺いました。
ー 12/21に発売されるアルバム『アドルフに告ぐII』はデビューアルバムの続編という位置付けになるのでしょうか?
そうですね。今作を含めて4つのアルバムをリリースしてきましたが、CDデビューから5年経って一度原点に立ち返ってみようかなと。1作目の『アドルフに告ぐ』ではサクソフォンの定番曲を、2作目の『Listen to…』ではクラシックの名曲の数々に取り組み、その後の『BREATH -J.S.Bach × Kohei Ueno』ではバッハのチェロ組曲やパルティータなど。こういった様々な経験をしてきた中で、もう一度「アドルフ」に挑戦したくなったんです。
「アドルフ」というのはサクソフォンの発明者「アドルフ・サックス」。僕のサクソフォンを彼に聴いてもらいたい!という想いから『アドルフに告ぐ』というタイトルを付けました。こんな素晴らしい楽器を作ってくれてありがとう!という気持ちもあります。今回のアルバムと共通していることは、どちらもサックスのオリジナル作品に取り組んでいるということ。真正面からぶつかる姿を見てもらいたいですね。
ー 1stアルバムは全てオリジナル作品でしたが、今回は世界初録音の作品も収録されているとか。
大好きな作曲家のお二人に委嘱作品を書いてもらいました。まずは、アルバム1曲目に収録されている、逢坂裕さんの「ソプラノサクソフォンとピアノのためのソナタ・エクスタシス」。現代作品というと特殊奏法や前衛的な音楽をイメージするかもしれませんが、美しいメロディが特徴的な曲で、サックスの良いところが全面に出ています。藝大の同級生ということもあって、曲を書いてもらうのは今回で3回目。阿吽の呼吸ができています。
もうひとつは、アルバムのラストに収録されている藤倉大さんの「ブエノ ウエノ」。アルバムを順番に聴いていって、最後に満を持して登場!といった感じですね。こちらは和太鼓奏者の林英哲さんとのデュオ作品で、とにかくかっこよくて僕のイチオシです。藤倉さんに依頼をして、構想を一緒に練っていたんですけど、話しながらすでに手が動いていて、ぱぱっとスケッチを始めていたんです。そのあとはもう信じられないような速さで曲を書き上げてくださって…本当に驚きましたね(笑)。完成した曲もとにかく最高。英哲さんの超絶技巧にしても本当にすごいんですよ。和太鼓の音色と対照的なソプラノサックスの響きで独特な空間ができあがっているので、是非楽しんでいただきたいです。
ー サックスの伝統的な曲も演奏しながら、新曲にも挑戦する。今回のアルバムのラインナップはとても豪華ですね。
とても面白いものができあがったと思います。新曲で始まり、新曲で終わる。その間をサックスのオリジナル曲で彩っていて。この曲順はディレクターと意見がぴったり一致したんです。「やっぱりこれだよね!」って。
ちなみに、録音はホールに3日間籠って集中して行いました。演奏しては聴いてみて…の繰り返しだったので、やっているうちにどんどんアイデアが沸いてきてしまって、本当に落としどころを見つけるのが難しかったんですけど… 僕は録音を”記念撮影”のようなものだと思っているんです。その時の自分をくっきりと映し出すもの。後々いろいろなことを思うかもしれないけれど、その時のベストを尽くして完全燃焼しているので、最後にミックスを聴いてゴーサインを出したら自分ではもうその後は一切聴かない(笑)。そういう意味では徹底しているんです。
でもみなさんには、このアルバムを何度も何度も繰り返し聴いてもらいたい。かなりこだわって作っているので、噛めば噛むほど味が出てくると思います。聴くたびに新しい発見があって楽しんでもらえるはずです。今の僕ができる最高の演奏を聴いてもらいたいですね。
ー これまでのアルバムを聴き返して、今回に至るまで、上野さんが確実に進化していると感じました。なにかご自身でも感じられる変化はありますか?
技術的にも音楽的にも成長してきているなという手ごたえがありますね。1stアルバムと今とでは出てくる音が全然違いますから。その間にたくさんの経験をしてきたんですけど、「これを取り入れよう」などと意識したわけではないんです。あくまで結果としてついてきたもの。
まず、以前より音楽を俯瞰して見られるようになりましたね。作品、楽譜と対峙するときに、見えてくる景色がより広くなって、とても楽しい。音楽全体から捉えて、こう演奏しようという考えがどんどん出てきます。
あとは、バッハなどサックス以外の曲に取り組むことで他の楽器の音色感やしゃべり方を知ったり、吹奏楽やアンサンブルで一緒に演奏したりすることでソロの面でも幅が広がったのかな。確実に発音やヴィブラートの種類が増えて、歌い方のヴァリエーションも変わってきました。
ー 上野さんの演奏を聴いて、ヴィブラートがとても特徴的だと思って。ただかけるだけではない、音楽的に納得できるものだなと感じました。
サックス奏者って、とにかくヴィブラートをいっぱいかけたがるんです。僕からするとちょっと多すぎるかなと。サックスが誕生した60年前はもちろんかけていなかったけれど、名手マルセル・ミュールがヴィブラートを多用したことで魅了された人が多く、それが広まったという歴史的背景があって。その演奏を聴いたラヴェルはムソルグスキーの「展覧会の絵」をオケ用に編曲した際、サックスソロの部分にわざわざ「ヴィブラート(をかけて)」と書いているくらいなんです。そのあたりから細かく派手に華やかなヴィブラートをかけることが主流になったけど、僕はそれをあまりやりたくなくて。音楽に沿ったものにならないし、例えるならば、ざるそばにケチャップをかけるみたいなものですよ(笑)。
指揮者の山田和樹さんが、とあるリハーサルの時に、「ノンヴィブラートこそ最高のヴィブラートじゃないですか」って仰っていて、それに僕はものすごく同意しました。実音だけで勝負すること、サックスで一般的に良いとされているものと違うベクトルに進むことはとても勇気のいることなんですけど、クラシック音楽と大きく捉えた時には、ノンヴィブラートも緩やかなヴィブラートも必要だと思います。それがヴァイオリンや歌だったら当たり前だから。コントロールや使い分けも音楽的センスですよね。生徒たちにはよく「吹奏楽やサックスばかり聴いちゃだめだよ」って言うんです。自分でCD出しているのに(笑)。
ー (笑)でも、その考えこそ上野さんの音楽に如実に表れていますよね。楽器の枠にとらわれない音色感や曲作り、納得できます。
音色をわざと濁らせたり籠らせたり、音程を若干ずり下げたりとサックスにはいろいろな技があるけれど、どれもただの技法ではなくあくまで音楽を表現するためのもの。ヴィブラートももっと自由にフレキシブルにかけたい。それは小さい頃からオーケストラの演奏や他の楽器の演奏を聴いて染みついた自分の感性なのかもしれません。他の楽器の仲間との交流の中だったりとか、本を読んだりとかそういうことからも広がっていきました。でも、勉強した、という意識はないんですよね。興味を持って、好奇心で取り組んできた結果です。
ー いま現在に至るまでのルーツについてお聞かせください。小学6年生の時にはすでにサックス奏者になりたいと決めていたとか。
そうなんです。茨城県東海村の小学校で吹奏楽を始めて、元々トランペットが第一志望だったんですが、顧問の先生に第二志望のサックスに任命されて、そこからはまりました。当時はまだ音楽をやったことがなくて、ただただ目立つからかっこいい!という理由だけでトランペットが良いと思っていました。一方でサックスは、外観が”メカ”みたいで面白いというのと、リードがちょっと”美味しい”という理由で第二志望に入れていたんです(笑)。
昨年、先生にお会いしたときに「どうして僕をサックスに決めたんですか?」と伺ったら、「上野くんの生活態度とか、キャラクター、性格を見たら、サックスだったでしょ~?」と言われて(笑)。僕にもはっきりとは解っていないんですけど、先生の直感でしょうね。今、東京交響楽団で首席オーボエ奏者を務めている荒木奏美ちゃんも同じ先生からオーボエに任命されたから、その直感は間違いないんですよね。僕自身、本当にサックスが大好きだし、こんな素晴らしい楽器は他にないって思っています。それはサックスを始めてから一度もブレていないですね。
ー なるべくしてサックス奏者になったんですね! サックスというとジャズやポップスや色んなジャンルで活躍できる楽器だと思いますが、クラシックを選んだのは?
最初にサックスを持って触れた音楽がクラシックだったということもあり、とにかくクラシックが好きなんです。特にロシア音楽が好きで、小学校の頃にボロディンの「だったん人の踊り」を演奏するからと勉強で買ったCDにチャイコフスキーやリムスキー=コルサコフが入っていて、そこからドハマリです。哀愁漂う寂しい曲が好きなんですよね。季節でいうと秋冬くらいの今の時期みたいな。ロシアは冬が厳しく長いから、そういう曲がたくさん生まれているんだと思うんですけど。例えば、グラズノフは晩年にアルコール中毒で祖国を追い出され、ボロボロになりながらサックス協奏曲を書いていて、それがまた良い曲で大好きです。
ー サックスって、明るくて華やかなイメージのある楽器なので、上野さんがそのような音楽を好んでいらっしゃるのはとても意外です。
サックスは新しい楽器だし進化も続けているけど、どちらかというと上に上に行こうとしているんですよね、もっと派手に!みたいな。でも僕は、これからもっと下に掘り下げていくことが必要なんじゃないかと思っています。サブトーン(唇・口を緩めリードを柔らかく振動さえる技術)を音楽的に使ったり、とにかく下に響かせる。それをものすごく意識していてもシューマンの曲をやったりすると明るすぎて感じることがあるんですよね。
新しいことをしているように見えるけど、実はこれって、原点に立ち返っているんです。本来サックスが生まれた頃の、一番最初の時代のルーツに。発明された当時の楽器のようなクローズな音色や要素でもって今のサックスを使って音楽をやってみたい。雲井雅人さんみたいにオールドサックスでコンサートをされている方もいるので、上に上に行こうとする人たちの中にも懐古的な考えを持っている人もいるかもしれないです。
ー その中で、未来を背負ってリードしているのが上野さん。
そうありたいですね。あくまで僕は今のサックスでそれをやってみたいので、バッハでも吹奏楽でもなんでも吹けるリードや楽器、リガチャー(リードを止める金具)とマウスピースを使っています。どれだけフレキシブルに自分のやりたい音楽に対応してくれるかっていうのがポイントです。
僕のやっていることはクラシックですけど、実はジャズでとても好きな人がいて。ベン・ウェブスターというテナーサックス奏者。初めて聴いた中学3年生の時、とても衝撃を受けました。もう、楽器の域を超えて、歌っているみたいなんですよ。音程感や音の揺らぎが本当に素晴らしくて、サックスでもここまでできるんだって感動して。あとは、トランペットのセルゲイ・ナカリャコフもすごい。昨年、水戸室内管弦楽団で生で聴いて圧倒されましたね。
彼らは、楽器を身体の中に飲み込んで吹いているみたいなんですよね。僕の理想はそこ。楽器を超えて吹くんじゃなくて、飲み込む。身体の中から音が出てくるみたいになりたいんです。
ー 楽器を飲み込む…その表現は初めて聴きました。でもまさに上野さんの音楽を表すのにぴったりだと思います。サックス界でも、クラシック界でも、まさに唯一無二の存在ですね。
同じ曲を聴いても、演奏する人によってまるで音楽が違う。聴く人によっても捉え方が違う。そういう幅のある楽しみ方ができるのがクラシックの醍醐味ですよね。全てのプレイヤーが、聴衆が、唯一無二なんだと思います。楽譜や音楽というひとつのヒントから見える景色が全然違ってくるので、それをみなさんに楽しんでもらいたいですね。
あとは、吹奏楽部の子たちをよく教えるんですけど、とにかく練習しかしてないなって思うんです。それも大切なことだけど…自分が出したい音楽がないと、ただ楽器の扱いが上手くなるだけ。良い音楽を聴くことも必要だよっていうことを伝えたいですね。練習と聴くこと50:50くらいのつもりで。そしていろいろな経験をすることも大事。そういうことが音楽の深さに繋がると思うので。
ー上野さんもいろいろな経験をされて刺激を受けたり?
僕は電車が大好きなので、風景からインスピレーションを受けることが多いですね。音楽家の醍醐味はあらゆる場所に行けることですから、最高の仕事だなと思います。飛行機でパッと行くよりも在来線くらいゆっくりとした電車に乗って音楽も聴かず、何も考えずボーッとして。
あとは旅も好きで、この前は2週間くらいドイツとオーストリアに行きました。玄関で楽器を持って行くか迷って、いいや置いていこう!って手ぶらで(笑)。別の旅では、バッハが勤めていた教会に行ってその空気を肌で感じた時に、あの偉大なるバッハも同じ人間なんだって、すごく身近に感じることができた。行ってみないと分からないことだらけでしたね。
ポール・モーリス作曲の「プロヴァンスの風景」という曲があって、その5曲目が虫を払う様子を描いたものなんですけど、僕なら素早く手を動かして払うから、本来アレグロ(快速)のテンポのものをプレスト(性急なスピード)で吹いていたんです。でも、実際プロヴァンスに行ったら全然違った。湿度も温度も完璧なまさに楽園のようなところで、ストレスなんて一切ない。時間の流れがゆっくりだし、虫が飛んで来たって追い払うような気持にならなくて。そういう体験があって、すぐにアレグロで吹くようになりました(笑)。
ー それは本当に身をもって体感してみないと分からないことですね。ところで、電車がお好きとのことですが、実際に運転されたそうですね?
そうなんです!!宮城県の栗原市で1日レクチャーを受けて体験で。発進した瞬間鳥肌立ちました。おー!って言っちゃいましたもん。楽しかったなあ。僕は、サックス歴より鉄道歴の方が長いですからね、もう大興奮ですよ。また行かなきゃ!
あとは、お休みがあったらサーキットに行きたいなあ・・・ そう、レースに出たいですね!音楽とは全く関係ないんですけど(笑)。僕、車も好きなんです。とにかく乗り物全般が趣味。音楽と同じくらい極めていきたい分野ですね(笑)。
ー 素晴らしいです(笑)。今回、音楽から趣味のことまでたくさんお伺いしましたが、上野さんの背中を見て育つ未来の音楽家、そして愛好家が増えたら嬉しいなと思います。これからも進化を続けていく姿、ひびクラで応援していきます!
ありがとうございます。頑張ります!
上野耕平(うえのこうへい)
Kohei Ueno, saxophon
茨城県東海村出身。
8歳から吹奏楽部でサックスを始め、東京藝術大学器楽科を卒業。
これまでに須川展也、鶴飼奈民、原博巳の各氏に師事。第28回日本管打楽器コンクールサクソフォン部門において、史上最年少で第1位ならびに特別大賞を受賞。2014年11月、第6回アドルフ・サックス国際コンクールにおいて、第2位を受賞。現地メディアを通じて日本でもそのニュースが話題になる。また、スコットランドにて行われた第16回世界サクソフォンコングレスでは、ソリストとして出場し、世界の大御所たちから大喝采を浴びた。2015年9月の日本フィルハーモニー交響楽団定期公演に指揮者の山田和樹氏に大抜擢。この公演は、クラシックサクソフォンの可能性が最大限に引き出され、好評を博す。また2016年4月のB→C公演では、全曲無伴奏で挑戦し高評価を得ている。
CDデビューは2014年『アドルフに告ぐ』、2015年にはコンサートマスターを務める、ぱんだウインドオーケストラのCDをリリース。
現在、演奏活動のみならず「題名のない音楽会」、「報道ステーション」等メディアにも多く出演している。
また2016年4月からは昭和音楽大学の非常勤講師として後進の指導にあたっている。
《The Rev Saxophone Quartet》ソプラノサクソフォン奏者、ぱんだウインドオーケストラコンサートマスター。

発売日 : | 2017/12/20 |
レーベル : | 日本コロムビア |
フォーマット : | Hi Quality CD |

発売日 : | 2017/08/23 |
レーベル : | 日本コロムビア |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2016/08/24 |
レーベル : | 日本コロムビア |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2015/12/16 |
レーベル : | 日本コロムビア |
フォーマット : | CD |
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