2019年04月18日
岡本正之《東京都交響楽団》オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~

取材依頼書-東京都交響楽団 岡本正之様
このたびは『ひびクラシック』の名物企画「オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~」の取材をお引き受けいただき、誠にありがとうございます。
こちらが5つのルール・諸注意となりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
①完全指名制です。
②次の指名は、ご自身の所属するオケと一つ前の人が所属するオケ以外の方でお願いします。
③できればご自身と違う楽器奏者の方をご指名ください。
④質問は全部で10個あります。
⑤あなたのファンが急増するかもしれませんので、どうぞお気を付けください。
ー 指名者の三宮正満さんの印象やエピソードなどがあれば教えてください。
以前、三宮くんが都響にエキストラで来ていたことがあって、それが最初の出会い。かっこいいお兄ちゃんが来たなっていうのが第一印象ですね。
僕もクラシカルバスーン(ハイドン、モーツァルトからベートーヴェンまでの古典派時代のピリオド楽器)を吹くので、この間、三宮くんに古楽器のオーケストラに誘ってもらって一緒に演奏しました。彼のオーボエは自由に空を羽ばたくような感じ。どうしてあんな風に吹けるんだろう・・・。古楽器の人たちは人柄や知識もさることながら柔軟な発想を持っていて、いつもそれに刺激を受けています。
ー 人生最高の演奏会(自身が演奏したものでも聴いたものでも)を教えてください。
ひとつは、1982年3月15日に東京文化会館でロリン・マゼール指揮のフランス国立管弦楽団を聴いた時です。大好きなドビュッシー、ラヴェル、ベルリオーズがプログラムにあり、これが僕にとっての来日オーケストラ初体験。ちょっとした思い出もあって・・・ その日はちょうど中学校の卒業式で、終わったあとに当時仲の良かった女の子とこの演奏会に行くため、お小遣いをはたいて2人分のチケットを買っていたんです。なんだかませてますよね(笑)。
実際に聴いて強く感じたのは、やっぱりオーケストラというのはすごいエンターテインメントなんだなっていうこと。マゼールは本当に盛り上げ上手。「ラ・ヴァルス」の最後では、聴いていて笑いが出るほど興奮させてもらったし、すごく楽しかった。
もうひとつは、都響で1998年12月16日にジャン・ フルネ指揮 ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」を演奏した時。5幕から成るこのオペラを演奏会形式でやったんですが、リハーサルが3日間というかなりタイトなスケジュールで、フルネさんご自身も練習時間が足りないことを非常に悔やんでいました。でもそうした状況の中で、楽員みんなが集中力を高めて精一杯の演奏をしたんです。
僕にとっては、都響に入ってやってみたかった曲のひとつでもあったので、これを大好きなフルネさんと演奏できたことは本当に幸せだったし、感慨深かったですね。
ー 人生最高のCDを教えてください。
最近はあまり聴かないんですけど、昔よく聴いていたものをご紹介します。 まずは、クラシック部門。アンナー・ビルスマ(バロックチェロ)のバッハ「無伴奏チェロ組曲」です。2回ある録音のうちの1回目。初めて聴いた時は本当に目から鱗でした。音楽の父バッハの堅苦しく崇高なイメージとは正反対。とても人間臭くて温かくて感動的で、実は分かりやすい音楽だったんだっていう、そんな印象を与えてくれました。弦楽器特有の、弓が弦に当たる音や弦を押し付ける音などの雑音ですらバッハが直接語りかけてくるかのような音楽になっている。人々の日常生活にある歌のように、自分にとってごく身近なものとして感じられて、バッハと僕の壁を取っ払ってくれました。価値観が180度変わりましたね。
次は、ジャズ部門。ジェリー・マリガンというバリトンサックスの名奏者によるリーダー録音『Night Lights』。ウエストコーストジャズの名盤ですね。この人はとにかくサックスの音が良い。ハスキーでちょっと枯れた声みたいな。実は、オーボエの本間正史さんに勧められたのがきっかけで、僕もバリトンサックスをかじっていた時期がありました。車の中で、自分の部屋で、このCDはもう何度聴いたか分からないです。
最後に、ボサノヴァ部門。ナラ・レオンというボサノヴァ界随一の名歌手が吹き込んだ『Garota De Ipanema』。これも何百回聴いたか分からないくらい大好きな1枚です。
この3枚に共通しているのは、みんなソロもしくは少人数でやっているという点です。多くても3~4人で、本当に静かに語りかける音楽。優しく研ぎ澄まされた音、ちょっとした音や声の変化がとても美しくて、そこに惹かれます。普段大きな編成のオーケストラをやっているということもあって、聴いているだけで気分転換になりますね。
ー あらゆる職業の中から音楽家として生きていることについて、どういった使命を感じていますか?
使命を常に感じながら仕事をしているというよりは、毎日本当に楽しませてもらっているのでとても感謝しています。若い頃は、オーケストラの役に立ちたいとか、お客様を満足させる演奏がしたいとか、とにかく色々なものに縛られていたんですが、段々と変わってきた。演奏家が前のめりになって、指揮者と音楽に引き込まれて集中している姿をお客様に見てほしいなと。それが本当に良い演奏会だと思いますし、そのためにはまず自分が気持ちを入れて、全力で楽しもうとすることが必要なんですよね。
それは自分の弟子にとっても同じで、先生がつまらなそうにファゴットやオーケストラに取り組んでいたら、何の情熱も引き継いでもらえないんですよ。
人間だから良い時ばかりじゃない。調子の悪い時、苦手なものに取り組む時だって当然ある。つまり困難や葛藤にどう向き合っているのか。若い人たちには、そうした部分をひっくるめた自分のすべてを見てもらおうと思って臨んでいるんです。
そして、音楽家、あるいは人間というものがどうやって熟成していくのかということも知ってもらいたい。僕自身も、師匠が年齢を重ねるにつれて熟成していく様子をずっと見てきましたからね。若くて勢いがあってハリがある時だけじゃない。年輪を刻んでいく中で、人間がどのようにして音楽に向き合っていくのか、それを若い世代に示していけたらいいなと思っています。
ー 仕事で大変だなぁと思うことはありますか?
今年、都響に入って30年。それなりのキャリアを積んでいるとはいえ、実際に大変なことはありますよ。3年に1回くらい、練習に行きたくないなって思う時がある。もちろん、ちゃんと行きますけどね(笑)。
それは決まって自分の調子の悪い時。いわゆるスランプ。でも、不調に陥るサイクルも昔よりは間隔が空いてきて、わりと安定しているというか、こういうもんなんだって思えるようになったんですよね。今は自分を冷静に、客観的に見ることができていると思います。
本番ではもちろん緊張するけど、とにかく冷静に、平常心でいようと。コンサートホールのど真ん中、燕尾服を着てスポットライトを浴びて、指揮者もお客様もいる・・・ そんなプレッシャーのかかる状況でも、なるべく自分の部屋で椅子に座って集中して練習している、そういう普段の状態をイメージするようにしています。そうすることで張りつめていた気持ちがずいぶんと楽になるので。意識的に前向きになれるようなイメージトレーニングは欠かせないですね。時としてマイナス思考のかたまりとなってしまうので・・・(笑)。
ー ファゴットのココに注目して欲しいとかありますか?
例えるならば、ファゴットって”忍者”みたいな楽器なんですよね。人知れず天井裏とか床下にいたり、ある時は人を守ったり、ご主人様が窮地に立った時にはさっと救いの手を差し伸べたり。でもいないと、ああ今回ファゴットいないんだ・・・と、初めてそのありがたみに気づいたり。そんな楽器だと思うんです。目立ちにくいだけで、本当は四六時中仕事をしているんですけどね(笑)。
基本は人を支えている楽器なのですが、オーケストラではバッハの「ブランデンブルク協奏曲」で一瞬顔をのぞかせたり、ベートーヴェンやショスタコーヴィチの交響曲中での長大なソロを聴かせたり。ソロ楽器としてはヴィヴァルディの沢山のファゴット協奏曲でその機能性や歌唱能力を存分に聴かせています。
特にヴァイオリン協奏曲のファゴットには要注目。ヴァイオリンと同じ音域のフルートやオーボエが被さると少し喧嘩してしまうので、ちょっと音域が低くて音色も地味なファゴットがヴァイオリンの柔らかいソファーになってあげている。作曲家にとっても、ヴァイオリンの非常に澄んだ緊張感の高い音に対する、木質的な朴訥としたファゴットの音色のコントラストというのはすごく面白いものなのかもしれない。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲では、ヴァイオリンソロの後ろで美しくファゴットがなぞることもあるし、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の第3楽章では、ヴァイオリンのソロにファゴットが応えたりと、意外と活躍するんです。あとは、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲でも、ファゴットが柔らかくソロに絡みつくところがあって、ヴァイオリン協奏曲の時はとにかく忙しいですね。
前回に引き続き、リードケースを公開。ファゴットの温かい音色の秘密はここにある?!
ー 音楽や楽器演奏とは無縁の趣味とかありますか?
少年時代から模型作りが好きで、「ミニチュアカー」を作っています。ホワイトメタルという温めて溶かす金属でかたどられた1/43サイズのミニカーで、日本ではあまり浸透していないけどヨーロッパでは一般的な趣味らしいですよ。
車のような形に荒っぽくかたどられた金属を熱で細かく部分的に修正しながら成型していきます。下地を塗って、着色して、シールを貼って、さらにクリアラッカーを塗って磨いて本物の車みたいに仕上げる。内装もシートベルトからメーターパネルまで作りこんだり。これを専門にしているプロもいるくらいで、かなり本格的なんですよ。ヨーロッパに留学に行った時もおもちゃ屋さんで大人買いしました。でも、最近は作る時間がなかなかとれなくて…。
ー マイブームはありますか?
今はもっぱら、楽器を調整しながらトーンホール(指穴)を自分で削ることですね。やっぱり手を動かすのが好きで。削りながら楽器の響きの明るさを変えたり、音程をちょっといじったり。ドリルを使って0.1ミリ単位で穴を調整して、気に入らなかったらやり直し、というのを自宅でずっと繰り返しています。そうすると、他のことをする時間がなくなっちゃうんですよ(笑)。
楽器のどこをいじると音や響きがどう変化するかという仕組みを知っているので、自分好みに変えられるんです。リペア専門の人ですら怖くてやってくれないような部分を自己責任でいじっています。たまに失敗することもあるので、その時はひとしきり落ち込みます(笑)。
今は、楽器を全部で5本持っていて、バロック1本、クラシカル1本、オーケストラで使うモダンの楽器が3本というラインナップ。なにかあった時のための保険というか。壊しちゃった時に、楽器がなくて仕事ができない!とならないようにね。
ファゴットのこのトーンホールを削って…と説明する岡本さん。とにかく奥が深いです。
ー スポーツはやりますか?
なんだか健康診断のアンケートみたいですね(笑)。テレビで観たりするのは好きなんですけど、自分ではほとんどやらないです。でもひとつだけずっと続けていることがあって。それは「ラジオ体操」。なかなか寝付けないことに悩んでいた時に、寝る前のストレッチが良いとテレビで言っていたのを聞いて、小さい頃から親しみのあるラジオ体操をすることにしたんです。最初の頃はYouTubeを観ながらやっていたんですけど、今は口三味線で歌いながら(笑)。
大人になってやってみると、とにかく全身を使うので結構きついんですよね。でも、どんなにくたびれてても、眠くても、翌朝のことを考えて毎日一生懸命やっています。やらないとすっきりしない。みなさん、おすすめですよ!(笑)
ー では最後に、次の“オケトモ”をご指名いただけますか。
東京フィルハーモニー交響楽団首席コントラバス奏者の黒木岩寿さん。“がんちゃん”って呼ばれているんですけど、次にここで誰を指名するか困るんだろうなっていうくらい友人が多い、すごく顔の広い人。
藝大のひとつ先輩なんですけど、当時はひげを生やしてリーゼント風で、宇崎竜童みたいでした。ちょっと怖かった(笑)。でも面白いエピソードや笑い話に事欠かない人です。作曲家の武満徹さんと仲が良くて、彼のことを“タケちゃんマン”って本人に向かって呼んでいたという(笑)。
2、3年前から室内楽で一緒にやらせてもらう機会があって、そこで久しぶりにお会いしました。大学時代は先輩後輩の間柄だったこともあり、そこまで深いお付き合いはしていなかったんですけど、アンサンブルで一緒にやってみて、黒木さんの人間としての懐の深さを改めて感じました。そして、何よりユニーク。練習の時、気の利いた物の言い回しでその場を和ませて、みんなで良い演奏をしようという気分にさせてくれる。人間的にも音楽的にも、本当に天才的な感覚を持っている人ですね。
岡本正之(おかもと まさゆき)
1989年東京藝術大学卒業。同年、東京都交響楽団へ入団。第6回日本管打楽器コンクールファゴット部門1位、および大賞受賞。91~92年、DAAD奨学生としてハノーファーにて研修。96~97年にはアフィニス文化財団の派遣研修生としてシュトゥットガルトにて研鑽をつんだ。
2003年東京オペラシティ リサイタルホールにて「B→C」リサイタルに出演。都響とは2008年大野和士指揮「作曲家の肖像~R.シュトラウス」にて《クラリネットとファゴットのための二重コンチェルティーノ》のソリストとして共演。93年ミネアポリス、2009年バーミンガムでのIDRS国際ダブルリード協会のカンファレンスに参加。現在、都響首席ファゴット奏者としての活動を中心に、霧島国際音楽祭、木曽音楽祭などにも参加。ファゴットを森田格、菅原眸、岡崎耕治、クラウス・トゥーネマン、セルジオ・アッツォリーニの各氏に師事。
桐朋学園大学特任教授、東京藝術大学音楽学部准教授、東京藝術大学附属高等学校常勤講師。

発売日 : | 2014/11/07 |
レーベル : | コジマ録音alm *cl* |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2002/01/28 |
レーベル : | コジマ録音alm *cl* |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 1999/09/22 |
レーベル : | ソニーミュージック |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 1987/07/07 |
レーベル : | Verve |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2018/06/10 |
レーベル : | Polygram Brazil |
フォーマット : | CD |
関連記事
-
オーケストラ特集2019/11/29
照沼夢輝《日本フィルハーモニー交響楽団》オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~
取材依頼書-日本フィルハーモニー交響楽団 照沼夢輝様 このたびは『ひびクラシック』の名物企画「オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~」の取材をお引...
-
オーケストラ特集2019/7/24
久保昌一《NHK交響楽団》オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~
取材依頼書-NHK交響楽団 久保昌一様 このたびは『ひびクラシック』の名物企画「オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~」の取材をお引き受けいただき、...
-
オーケストラ特集2019/11/16
荒木奏美《東京交響楽団》オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~
取材依頼書-東京交響楽団 荒木奏美様 このたびは『ひびクラシック』の名物企画「オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~」の取材をお引き受けいただき、...
ユーザーコメント
コメントを投稿する2019/4/24 **d*o**ta*n
2019/4/21 **ha*a.Fu*iaki