2019年09月26日
吉岡次郎《千葉交響楽団》オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~

取材依頼書-千葉交響楽団 吉岡次郎様
このたびは『ひびクラシック』の名物企画「オーケストラリレーインタビュー ~みんなで広げようオケトモの輪!~」の取材をお引き受けいただき、誠にありがとうございます。
こちらが5つのルール・諸注意となりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
①完全指名制です。
②次の指名は、ご自身の所属するオケと一つ前の人が所属するオケ以外の方でお願いします。
③できればご自身と違う楽器奏者の方をご指名ください。
④質問は全部で10個あります。
⑤あなたのファンが急増するかもしれませんので、どうぞお気を付けください。
ー 指名者の神谷未穂さんの印象やエピソードなどがあれば教えてください。
10年ほど前に(一財)地域創造のアウトリーチ活動でご一緒したのが最初ですね。その当時は、お互いにコンサートへの出演依頼をすることはあったのですが、実際に共演する機会はほとんどありませんでした。2016年に神谷さんが千葉交響楽団のコンサートミストレスに就任してから、オーケストラでやりとりをする中でお話しするようになっていった感じですね。
神谷さんは、明るくてお綺麗で、そしてとにかく気さく。誰に対しても分け隔てなくきちんと接してくれる方。オケでもリーダーシップをきちんと取ってくださり、決してワンマンではなく、みんなで一緒に音楽を作っていこうという感じでまとめてくれるので、僕らはなんのストレスもなく安心して演奏することができるんです。それもあってか、千葉響は不思議なくらい雰囲気が良いんですよ。自分がいるオーケストラですが、客観的に見てもすごく雰囲気はいいと思っています。
仙台の秋保温泉に緑水亭という旅館があって、僕は毎年そこでロビーコンサートをやっているんです。今年の3月に、たまたま仙台に来るタイミングがお互い合ったので、神谷さんにそのコンサートでの共演をお願いしたら、旦那さんでチェリストのエマニュエル・ジラールさん、ピアニストのゲルティンガー祥子さんと4人で室内楽の公演を開催することができました。そこに小学生の息子さんも一緒にいたんですが、神谷さん親子3人のやりとりがすごくユニークで、ほのぼのとさせられながらも、たくさん笑わせていただきました。楽しかったです。
ー 人生最高の演奏会(自身が演奏したものでも聴いたものでも)を教えてください。
2002~2003年にかけて、スイスのバーゼル交響楽団の研修団員だった時期があって、その時にガリー・ベルティ―ニさんが一度だけマーラーの交響曲第6番を振ったことがあったんです。僕はその公演はピッコロで乗っていたんですが、ピッコロの出番は最終楽章のみなので、それまでの楽章はずっと聴いているだけ。でもその時初めて、指揮者によってオーケストラの音がこんなにも劇的に変わるのかとリアルに実感したんです。それが今まで聴いた中では、いちばん衝撃を受けた演奏会ですね。
それまで、降り番の時に聴いていたり、中に入って演奏したりと、そのオーケストラの音をよく分かっていたはずなんですけど、ベルティ―ニさんが振ったとたん、本当に見違えるほど素晴らしい演奏になったんです。指揮者の力がこんなにも大きく作用するのかと驚きましたね。
もう1つは、これもバーゼル交響楽団にいた時期で、自分のここでの最後の仕事となった演奏会ですね。普段はFCバーゼルというサッカークラブが本拠地にしている大きなサッカー場に砂を敷き詰めて、ピラミッドとナイル川を作って、その一角にオケをセットしてヴェルディのオペラ『アイーダ』をやったんです。スイスの各都市を回りながら、当地のオケを使って大規模なイベントをやるという文化プロジェクトのひとつ。
その季節のスイスは白夜なので夜10時くらいに暗くなり始めるんですね。なので、夕方6時にスタートすると、ちょうど4幕の墓のシーンでいい塩梅で夜になるという自然の演出なんかもあったり。イベント自体も面白かったし、なによりオペラを経験できたということもあって、すごくいい思い出になりました。
2003年、ベルティ―ニ指揮バーゼル交響楽団 マーラー:交響曲第6番の演奏会ポスター。
今挙げた2つは、僕が実際オケに乗っていながら、ほぼ“聴衆‟の気分で体験した最高の演奏会。一方で、リサイタルなどで体験した思い出深いものも2つほどありまして。
1つは、2017年の9月17日によみうり大手町ホールで、自分の主催で開催した「協奏曲の夕べ Sturm und Drang II」という演奏会。
ちょうどこの日は、韓国の作曲家イサン・ユンの誕生日で、生誕100周年だったんです。有名なエチュードもたくさんあり、フル―ティストにとってはすごく大事な作曲家ということもあって、この日に彼のコンチェルトをやりたいというのが一番の目的でした。
もう1人僕が大事にしている作曲家が、J.S.バッハの次男のC.P.E.バッハ。バロック以降、古典以前の、前古典派と言われていた時代の30年くらいがすごい好きで、その影響がモーツァルトの交響曲第25番や、ハイドンの短調の交響曲にも顕れているんですけど、だいたいその原点になっているのがC.P.E.バッハ。
そもそもは、この時代の文学などに影響を受けたのがきっかけですね。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』にしろ、シラーの戯曲の『たくみと恋』にしろ、自分の思っている感情を包み隠さずさらけ出すエネルギ―というか、それがあって初めてダイレクトに聴衆の琴線に触れるという発想に感銘を受けて、その時代の作品のC.P.E.バッハなどにのめり込んでいくようになりました。
リサイタルでもう1つ、去年、初めてニューヨークに行って、カーネギーホールのウェイル・リサイタルホールで演奏させてもらった時のことです。そこで受けた聴衆の反応がとにかく印象的でした。かなりマニアックな曲を演奏したにも関わらず、小さい子から年配の方まで、本当に老若男女、色々な人が聴きに来てくれた。全然知らない曲だから聴きたくない、ではなくて、知らないからこそどういう感じなんだろう? みたいな。すごく関心を持って聴きに来てくれたんです。
以前バーゼルに留学していた時もそう。演奏会で、それこそあまり知られていない現代音楽曲をやったとしても、演奏会後に見知らぬおばあさんが「今の曲は全然私には分からないんだけど、どういう気持ちでやっているの?」って率直に聞いてきたり。そういう意味では、日本を離れて海外で演奏する中で、「あぁ、こういう受け入れ方をされるんだな」と、あらためて自分も勉強させられることが多かったですね。
ー 人生最高のCDを教えてください。
今は勉強以外であまり聴かないんですが…でもきっかけとなったものはあります。僕が中学2年生の時にJT(日本タバコ)のピース・ライトのテレビCMで流れていた、フルーティストの中川昌三さんの「タッチ・オブ・スプリング」という曲が入ったCD。CMには中川さんご本人も出演されていました。演奏自体は完全にジャズなんですが、題材はクラシックという内容。
このアルバムの曲を、とにかく夢中で耳コピしました。レッスンも受けていない時だったので、独学でああでもないこうでもないって。そうしたらだんだん吹けるようになってきて、それが自信になったのかどうか分かりませんが、とにかく嬉しかった。そういう意味では、最初に聴き込んだCDがこれで逆によかったかなとは思いますけどね。
中学2年生の時に出会ったという中川昌三『タッチ・オブ・スプリング』のCD。年季の入ったジャケットのコンディションからも、かなり聴き込んできたことがうかがえる。
ー あらゆる職業の中から音楽家として生きていることについて、どういった使命を感じていますか?
使命と呼べるほど大それたものは持ち合わせていないんですが、やっぱり子どもたちには、音楽から色々なことを感じ取って学んでほしいなと思います。
ひとくちに音楽と言っても、音階によって、「日本っぽい」「スペインっぽい」「エジプトっぽい」「中国っぽい」といったように、それぞれ感じ方が違うわけですよね。その国をイメージして想いを馳せることができるというか。例えば、外国の子どもたちが五音階を耳にすれば東洋的なものを想像して、感動したり、喜んだり、悲しみにくれて心を寄せたりと、そういった豊かな感受性を音楽を通じて育んでほしいなと。
戦争、震災…近年の世界の現実に目を向けたとき、音楽家として自分には何ができるのかということを考えると、やっぱりそういう答えが自分自身の中に湧き出てきましたね。それこそ、先ほどお話ししたアウトリーチ活動での経験が大いに生きているんだと思います。
もちろん音楽に限った話ではなく、絵画、彫刻、文学といった人間の英知がつまった文化芸術すべてにそれは言えることで、そこに触れることで広がるイメージや情動に国境や垣根は存在しない。そういう意味でも、音楽で手をつなげるというか、100年後でも200年後でも、将来的な世界平和の実現に結び付くことができればいいなという思いはありますね。
ー プロの演奏家になりたいと思ったきっかけ、時期は?
中高が吹奏楽部でしたけど、高校2年生ぐらいまでは、特に将来何がやりたいという意識もなかったんです。中学でフルートを選んだ理由も、その時たまたま足りなかった楽器だったので、これといった憧れがあったわけでもなく。
そんな中、高校3年生の時に、ちょっとした事から手の甲を骨折してしまい、数ヶ月ギブスをするはめとなり、まったくフルートが吹けなかったんです。離れてみて初めて分かるというか、結局そういう時ですよね、自分が一番やりたいことは何なのか? と見つめ直すタイミングが来るのって。その時出た答えがフルート。個人レッスンはこれも遅く、高校2年生から開始しましたが、特に最初は専門家になる意識は無く先生に習っていました。ただ、この骨折が引き金になったようで、それから残りの高校生活は医大を目指すことは止め、音楽大学の受験に方向転換しました。
吉岡さんご愛用の楽器。【写真上】フラウト・トラヴェルソ:G.A.ロッテンブルグ・モデル (柘植製)/ルドルフ・トゥッツ (インスブルック)製作 【写真下】フルート:ムラマツ・フルート/18K Goldモデル シルバーメカニズム (1999年)
ー 話せるレベルの失敗談を教えてください。
バーゼルに留学中の時のことなんですが、学校でオーケストラのコンチェルトオーディションがあったんです。それに受かるとソリストとしてバーゼル交響楽団と共演できるという、すごく大事な試験。その試験当日、オーディションのピアノ合わせで大学に向かった…けれど自宅に楽譜を忘れてしまい(笑)。演奏予定の曲が、とてもめずらしいペンデレツキのフルートコンチェルトだったので、周りに持っている人がいなくて誰かに借りることもできず、慌てて家に取りに帰ったんです。そうしたら家の鍵を学校に忘れているというありえないオチ(笑)。また学校に戻って鍵取って、それから楽譜取ってすぐにオーディションという。残念ながらそのオーディションは通過できませんでした。だから、その後はなるべく色々な”有事”を想定して保険をかけるようになりました。
ー 記憶に残っているオーディションはありますか?
これも失敗談になってしまうんですが(笑)、バーゼルに留学していた時に、ベルリン交響楽団のオーディションを受けに行ったんです。友達がベルリンにいたのでそこに泊めてもらって、オーディション前日にその友達と食事に行きました。そこで注文したのが、豚のスネ肉を下茹でしてその後皮がカリカリになるまで焼いた定番のドイツ料理、シュバイネハクセ。これが好きだったのですが、スイスではなかなか食べる機会がなくとても楽しみでした。ところが、その堅い皮の部分で唇を少し切ってしまい翌日のオーディションでは思った音が出ず、すぐに落ちてしまいました。もちろん理由はそれだけではありませんが良い教訓となりました(笑)。
ー 好きなホールはありますか?
2つあるんですが、どちらも取り壊しや閉鎖で今はもう使用できないのです。1つは、千駄ヶ谷にあった津田ホール。すごく響きがよくて好きでした。特にフルートにはとても良かったのではないかと。ここでは2回ほどリサイタルを開催しましたし、それ以外にも何度も演奏しましたが、常に良い印象でした。僕にとっては特別なホールでした。もう1つは、日本大学カザルスホールで、ここも音響がすばらしくて好きでしたね。ほかには、やや小規模なホールですが、名古屋の宗次(むねつぐ)ホール、福岡のあいれふホールなんかが、演奏していて心地よかったという点も含めて好きですね。
ー 譜面を初見で演奏する能力を鍛える効果的な練習方法があったら教えてください。
普通に答えますと、仲間と沢山アンサンブルをするというのは当たり前の答えと言えます。ここから先は半分冗談なのであまり真剣に受け入れないで欲しいという前提の元、初見力は少なからず、小学生の頃に夢中になってやったアクション系のテレビゲームや携帯型ゲームと関係がある気がします(笑)。
特に強制的に横にスクロールされる作品には、単純な動体視力、全体像の把握、敵が来る動きのパターンや音などを瞬時に把握してその時の最良の行動をするという判断力がとても鍛えられました。その後それをリズムや和声や調性感覚などのソルフェージュの力に変換させて、これまで生きています(笑)。
冗談はここまでで、基礎練習で音階やアルペジオを日頃から様々なパターンでやっていれば、後は自分の判断力と、これまで沢山聴いて吸収した無数の音楽が助けてくれるはずです。
ただ、プロとして演奏の仕事をする場合、自分の現場の環境ではそれほど初見力は必要はありません。イレギュラーに急遽渡された楽譜とかではその能力は必要ですが、普通は事前に用意したり、用意してもらったりして準備して、本番で提供するというのが普通ですので。しかし様々な状況で演奏しなければならないので、やはり初見力はあるに越したことは無いとも考えます。よって、生徒たちにはレッスン内で時々その訓練もさせています。
ー では最後に、次の“オケトモ”をご指名いただけますか。
次のオケトモは大変優秀な若手をご紹介させていただきます。東京交響楽団の首席オーボエ奏者の荒木奏美さんは、僕とは全然違う世代なのですが、意外な共通の知り合いが多く、かなり前(荒木さんが小学生の頃)から評判を聞いていました。ただこれまでになかなか接点は無かったのですが、この度木管五重奏の公演でご一緒できる事となりました。そのコンサートの中のプログラムでフルートとオーボエのデュオの曲があり、先日初めてお会いしました。テクニックの確実さはもちろん、音楽的な事への反応速度、ポテンシャルに驚愕したのは間違えないですが、人柄の良さ、おもしろさを兼ね備えていて、今度の公演をとても楽しみにしています。
吉岡次郎(よしおか じろう)
東京都出身。武蔵野音楽大学卒業後スイスに留学。2002年バーゼル音楽大学大学院にて、国家演奏家資格を最優秀の成績で取得し卒業。在学中ジュネーヴにて、現代音楽専門の室内オーケストラ 「Ensemble Contrechamps」のメンバーとして演奏会に参加。
2002-03年 バーゼル交響楽団研修団員。その後カールスルーエ音楽大学にて室内楽を学ぶ。2004年 帰国。2005年 第12回日本フルートコンベンションコンクール・ピッコロ部門第2位、第3回東京音楽コンクール木管部門 最高位入賞。津田ホール、東京文化会館、オペラシティ、パリ・サンマルセル教会他、国内外でソロリサイタルを行う。
これまでに名古屋フィル、東京フィル、日本フィル、N響有志オケ等と共演。2008-09 神奈川フィル契約首席奏者。(財)地域創造「公共ホール音楽活性化事業」登録アーティスト。2011年シュニーダー作曲「フルートと打楽器のための協奏曲」を日本初演。2015年F.レングリ氏とデュオ・リサイタルを開催。2017年尹伊桑生誕100年記念の誕生日にフルート協奏曲を特別編成オーケストラと共演、並びにC. ヴァインのフルート協奏曲「笛は夢見る」を日本初演。
2018年ニューヨーク、カーネギーホール・ウェイルリサイタルホールにてソロリサイタルを開催。2019年11月オーストリア・ウィーン楽友協会ブラームスホールにて、ウィーンの特別編成オーケストラと、C.ライネッケ / フルート協奏曲を共演予定。これまでに5枚のCDアルバムをリリース。フルートを白尾 隆、F. レングリ、笠井 潔、R. グライス=アルミンの諸氏に師事。現在はソリスト、室内楽奏者、オーケストラの客演奏者として演奏活動する他、後進の指導を行っている。桐朋学園芸術短期大学音楽専攻、洗足学園音楽大学講師。(公財)千葉交響楽団、シアターオーケストラトーキョー フルート奏者。

発売日 : | 2013/08/20 |
レーベル : | Nat |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2012/07/07 |
レーベル : | コジマ録音alm *cl* |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2011/12/17 |
レーベル : | Vision Classic |
フォーマット : | CD |

発売日 : | 2009/09/25 |
レーベル : | Livenotes *cl* |
フォーマット : | CD |
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