ユーザーレビュー
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ベートーヴェン:交響曲第9番『合唱』、第7番、チャイコフスキー:交響曲第5番、第6番『悲愴』、他 キリル・ペトレンコ&ベルリン・フィル(5CD+2BD)
2019年、ベルリン・フィルのシェフに就任したペトレンコのいわば「お披露目セット」。聴いてみてまだまだこれから伸びしろのありそうなコンビであることを示唆している気がする。 フルトヴェングラーによって伝説の衣をまとい、カラヤンの下でブランドを確立。アバドと新しい響きと演奏を模索し、ラトルと組んで演奏や表現の可能性をアップデートしていったベルリン・フィルがなぜペトレンコを選んだのか。そこは団員それぞれ思いや思惑もあろう。このセットを体験して私個人の勝手な予想(または妄想?)として抱いたのは、「ベルリン・フィルはペトレンコと心中に近いような冒険をしたいのではないか?」、である。かなり乱暴な物言いとは思うが、音楽界のエリート集団である彼らがペトレンコの一途な指揮になぜあそこまで食らいついていくのかを考えると上述のような意見になってしまう。アバドやラトルが悪いわけではない。各代のシェフと有意義に、一緒に音楽を愉しんできたが、自分たちの能力のギリギリを超えてその先にあるものを見出すためには、かしこまった秀才でなくネームバリュー重視でないたたき上げで天才肌の職人と新たな作品を創っていく冒険の旅に出る必要があると感じたためではなかろうか。その職人、つまりペトレンコの情熱でわが身を焼き尽くしその先を見据えていくのがベルリン・フィルの選定理由であり、望みであったのではないだろうか。このコンビがこの先どうなるかは未知だが、そのベルリン・フィルの心意気とそれに応じてあの猛者集団のシェフを引き受けたペトレンコを見守ってみたいと思う。それがこのセットを鑑賞して受けた第一印象である。どれも力がこもっており「表現し尽くしたい」という両者の気迫が充満している。この異色とも思えるコンビによる冒険の「序章」に興味を持った方は、ぜひ手に取ってみてはいかがだろうか。 -
交響曲第10番(クック版) オスモ・ヴァンスカ&ミネソタ管弦楽団(日本語解説付)
マーラーの小譜表(パルティチェル)は最初から最後まで完全につながっているので、何も変えようがないのだが、どうも薄味という印象がつきまとったクック版。けれども、しだいに演奏が練れてきたということか。第1楽章「カタストローフ」でのヴァイオリンの荒れ狂う嵐のようなパッセージなど、ちゃんと譜面通りなのだが、これほどしっかり聴かせてくれたディスクは初めてだ。ツィクルス最初の5番と6番では、まだ慎重に構えていたのか、遅めのテンポ設定だったヴァンスカだが、次の2番『復活』あたりから本領発揮してきた。この曲では遅いところは遅く、速いところは速く、全く無理のないテンポで、アゴーギグで大芝居をかけようという演奏ではないが、第2楽章終わりの追い込みや第5楽章のカタストローフ再帰直前では、いったんテンポをゆるめてから加速するという「二段変速」を採用して、一段とスケールの大きさを増している。オケもすこぶる好調で、難関の8番を超えれば、全曲録音完成も見えてこよう。ラトルやハーディングと並ぶクック版の代表的ディスクだが、前二者と違うのは、第4楽章末尾の大太鼓の打撃を終楽章冒頭の大太鼓と同一とは解釈せず、改めて打ち直していること(この大太鼓が実にいい音で録れている)。こうすると、終楽章でのカタストローフ再帰が計13回目の「打撃」になる。 -
ゴルトベルク変奏曲~室内オーケストラ版 トレヴァー・ピノック&ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック・ソロイスツ・アンサンブル、他
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『トリスタンとイゾルデ』全曲 ピエール・ブーレーズ&NHK交響楽団、ビルギット・ニルソン、ヴォルフガング・ヴィントガッセン、他(1967年大阪ライヴ ステレオ)(3CD)
ヴィントガッセン、ニルソンのコンビでもう一つのトリスタンが聴けるのは大歓迎。バイロイトではブランゲーネ役を演じることが無かった(録音もDGの抜粋盤のみ)テッパーも楽しみです。大阪での「トリスタン」、それにシッパーズ指揮「ヴァルキューレ」の二演目はいずれもNHKが特殊機材で録画し、観客の肉眼ではほぼ真っ暗だった舞台がかなり鮮明な画像(モノクロ)として残されています。直前に亡くなったヴィーラント演出の映像記録として唯一無二の価値を持つものですから、ぜひ正規DVD化もお願いしたいところです。ニルソンの自伝によれば「ブーレーズは準備もせず大阪にやってきたらしい・・・ピアノ・リハーサルをおこなったが、ヴィントガッセンと私がそばにいて、テンポや転換部その他について彼に助言できたのは幸いだった。このフランス人指揮者は、楽譜をまるで一度も開いたことがないようだった」とあります(1976年バイロイト「指環」での眞峯紀一郎氏の回想と重なる点が興味深い)。当時の聴衆には大好評を博し、N響もブーレーズにぞっこん惚れ込んだとのことですが、これには練習中シッパーズと大喧嘩になった反動もあるのでしょう。「ヴァルキューレ」もジェス・トーマス、ヘルガ・デルネシュ、アニヤ・シリヤ、テオ・アダムらの熱演ですから、こちらのほうもぜひ正規盤で視聴できるよう、引き続き快挙に期待しています。 -
ショパンの家のピアノにて~ショパン:舟歌、子守歌、ベートーヴェン:月光ソナタ、他 アレクセイ・リュビモフ(ヒストリカル・アップライト・ピアノ)
何と言う幻想的(神秘的と言っても良いかも)なピアノの音色。まさにセピア色の世界。リュビモフが弾くのは、ショパンがよりアットホームな環境で弾いたと言われるプレイエルの、グランドではなくアップライトのピアノ。ここではリュビモフによって全ての曲がショパンと同じような作風に様変わり。一聴しただけでは、え?これがバッハやモーツァルト、ベートーヴェン?と思ってしまうほど、不思議な幻覚を見ているような気分になってしまう、非常に印象的なディスクでした。 -
ニューイヤー・コンサート2021 リッカルド・ムーティ&ウィーン・フィル(2CD)
普段なら会場の聴衆ともどもほろ酔い気分で聴けそうなニューイヤー・コンサートも今回は無観客・拍手なしのしらふ気分で鑑賞することになってしまった。独特の華やかな空気は当然少ないが、逆に典雅なワルツや趣向を凝らしたポルカをじっくり愉しめるのがよかった。 最近の、お祭り騒ぎにしすぎのニューイヤー・コンサートでないから購入に踏みきってみた。とはいえ、無観客・無拍手で行うニューイヤー・コンサートほど味気ないものもないだろう。来年からは超満員の観客の中で「美しく青きドナウ」が演奏される、元の日常に戻れますように。 指揮がムーティだからだろうか、折り目正しく崩さず、かといって四角四面でない格調高く薫り高い音楽に仕上がっていると思う。ショーに陥らないシュトラウス・ファミリーなどの音楽を愉しみたい方に。